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まちのアルバム

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年2月16日更新

市役所屋上太陽光パネル

 市では、省エネ・地球温暖化対策の一環として、本庁屋上に太陽光パネルを設置しています。太陽光発電は、石炭や石パネル油といった化石燃料と違い発電する際に二酸化炭素を発生させず、また無限のものであることから、環境に優しいエネルギーとして一般家庭や企業に広く普及しています。市役所屋上に設置されたパネルは一般家庭2軒分に相当し、生産された電力は庁内の照明電力の一部に利用しています。この太陽光発電システムの仕組み、現在の発電電力量、地球環境への貢献度などを表示した電光掲示板を市役所ロビーに設置していますので、市役所にお越しの際は、ぜひご覧ください。

姉妹都市 埼玉県秩父市

 秩父夜祭明治14年、名誉市民笠井順八翁により設立された日本で最初のセメント製造会社「小野田セメント株式会社」。平成6年、秩父の産業を支えていた「秩父セメント株式会社」と合併し、現在の太平洋セメント株式会社の前身である「秩父小野田株式会社」となりました。この合併が縁となり、平成10年、当時の小野田市は埼玉県秩父市と姉妹都市提携を結びました。

(写真は秩父市の冬の名物詩「秩父夜祭」。京都祇園祭、飛騨高山祭とともに「日本三大曳山祭り」に数えられています。)

市役所ロビー展示品

 市役所ロビー展示品多くの製造事業所が立地する本市では、日用品から道路や建物の材料となるものまで、私たちの生活に欠かせない多種多様な製品が作られています。それらの一部を、市役所ロビーに企業案内とともに紹介しています。じっくり見てみると、どこかで目にしたことがある製品が見つかるかもしれません。市役所にお越しの際は、ぜひご覧ください。

山口東京理科大学

 山口東京理科大学明治14年、理学の普及を目指し、東京理科大学の前身「東京物理学講習所」が創設されました。その後「東京物理学校(※)」へ改称し、昭和24年、現在の「東京理科大学」が誕生しました。本市にある「山口東京理科大学」は当初短期大学として設置されましたが、その後4年制大学となり、現在工学部が設置されています。さらに、平成28年4月には公立化され、平成30年4月には薬学部が設置される予定となっています。

疎水100選 寝太郎堰

 寝太郎堰美祢市に向かう国道316号を走っていると、厚狭川の中に黄色い水門をもつコンクリートづくりの堰が見えてきます。この堰は「寝太郎堰」と呼ばれ、厚狭川の本流を堰き止め、土地を切り開いて水路を敷くことで、厚狭盆地の千町ヶ原を永年にわたり潤してきました。寝太郎伝説とあいまって厚狭地区の貴重なシンボルとなっているこの堰は、萩市の藍場川とともに、「疎水100選」に認定されています。

日本の夜景100選 竜王山

 夜景100選 昼市の南部に位置する竜王山の山頂からは、関門海峡や九州・四国を見渡すことができ、桜の季節だけでなく、年間を通して四季折々の景色を楽しむことができます。また、標高136mの低い山ですが、周辺には多くの工場や商業施設、住宅が立地しているため、夜になると、市内や宇部市の光り輝く夜景が広がります。ここからの夜景は、下関市の火の山とともに、「日本の夜景100選」に認定されています。

(写真上:昼の景色/写真下:夜の景色)

夜景100選 夜

寝太郎銘菓

寝太郎銘菓 厚狭の街には、寝太郎物語でお馴染みの寝太郎さんにちなんだお菓子があります。「ごろり寝太郎さん」(写真)「夜でも厚狭」「厚狭寝もなか」など、その名前はどれも、3年3ヶ月の思案の末、厚狭盆地を豊かな水田へと変えてみせた寝太郎さんの微笑ましい人柄を思わせるものとなっています。厚狭の街を歩けば、かわいらしいお菓子となって今も親しまれる数々の寝太郎さんに出会うことができます。

小野田銘菓 せめんだる 

 小野田銘菓 せめんだる明治14年、日本で最初の民間セメント会社が設立された小野田市では、当時、セメントは樽に詰めて出荷されていました。これにちなんで昭和27年、北海道産の大納言を使用したあんこをセメントに、もなかを樽に見立てたお菓子を発案し、「せめんだる」と命名しました。「せめんだる」はセメントの町として有名な本市の銘菓として、広く親しまれています。

寝太郎物語

 寝太郎物語水不足に悩む農民のため、厚狭川をせきとめ厚狭盆地の千町ヶ原を豊かな水田へ変えたとされる人物で、3年3ヶ月、寝ても覚めてもその方法を思案していたことから、この名で呼ばれるようになりました。厚狭駅在来線口には、稲束とくわを持った寝太郎像が、厚狭のまちを行き来する人たちを見守っています。厚狭地域には「寝太郎」の名の付く遺跡、お菓子、行事が数多くあり、寝太郎は今もこの地の人々にひろく愛されています。

  名誉市民 笠井順八翁

 笠井順八翁豊富な石炭資源と臨海地域という立地条件を備えたこの地で、明治14年、日本で最初の民間セメント会社(旧小野田セメント株式会社)を設立しました。セメント産業発展の礎を築いた翁は、多方面でまちの発展に尽力し、山陽小野田市唯一の名誉市民となっています。かつて翁の私庭であった若山公園内の一角には、翁の功績をたたえたセメント製の像が設置され、今もまちの発展を見守っています。

山陽新幹線厚狭駅

山陽新幹線厚狭駅

  平成11年3月13日に開業した山陽新幹線厚狭駅は、周辺自治体の強い要望により設置が実現した請願駅です。新山口駅と新下関駅のほぼ中心に位置するこの駅は、福岡や広島への通勤手段、九州・関西方面への旅行の出発点となるなど、地域の交通拠点としての役割を果たしています。また、厚狭地区を東西に貫く沿線の車窓からは、左右に広がる厚狭盆地の姿を見渡すことができます。

 石油備蓄基地

  石油備蓄基地本市南部と宇部市にまたがる西沖干拓地に立地する西部石油株式会社山口製油所は、西日本有数の石油備蓄基地です。主に中東地域から輸入した原油を、ガソリン、灯油、軽油などに精製し、私たちの生活に広く役立てられています。上空から見渡せるタンク群には385万klの油を保管することができ、石油の急激な価格変動や需給量の変化にも対応できる供給能力を有しています。

新山野井工業団地新山野井工業団地

 新山野井工業団地は、平成7年に旧山陽町が民間資本を活用して造成しました。全10区画約25haの敷地は平成22年に完売し、現在6社の企業が立地しています。国道2号厚狭・埴生バイパス沿いに位置するこの団地は、隣接する山野井工業団地とともに、山陽地区の工業の中心地として多くの雇用を支えています。

(写真は平成19年撮影)

小野田セメント徳利窯小野田セメント徳利釜

 旧小野田セメント株式会社の創設時の焼成炉です。高さ16.6m、煉瓦を積み上げてつっくた窯で、徳利の形に似ていることからこの名で呼ばれるようになりました。今も残るその姿は、セメント産業で栄えたまちの歴史を今に伝えます。